2024.10.17. 更新
2019. 1. 23. 更新
主宰:石沢加津子 ISHIZAWA Kazuko
2002年に虚白庵を訪問した後、承諾を得て「白井晟一研究会」を設立。
京都市内のアトリエで開催。
* 京都市生まれ
* 小学校入学と同時にYBU English Center (京都・河原町三条)に英会話の
レッスンに通う。(大学受験前まで続ける)・・*1
1964年東京オリンピックの頃、その建物を眺めていた白井晟一に出会い、
いろいろ質問され、御礼にと言って自作の建築について語るのを聴いた。
「シライ セイイチをよく覚えておいてください!」と言われたことが忘れられず、
今度出会ったらどんな話をしてもらえるだろうかと興味をもつ。
* 勉強はどの科目も好きだったが、とりわけ数学の美に魅かれ数学者に憧れる。
「数学は哲学だ」と聞いて、デカルトから始まってプラトン・アリストテレス・カント・
ニーチェなどを読み耽る。医者になることも考えたが「美」を追求することは天職と
悟り、科学と芸術の融合がデザインだと気付き進路を見出す。
* 大学卒業後、建設会社に就職して数寄屋邸宅(約200坪)を担当。図面を描いて
現場と往復して2年がかりで仕上げる。
* 東京勤務時代に麻布台のギャラリーで開催された「白井晟一書展」を観に行く。
* 幼稚園の頃より通っていた近所の画塾で、11歳より油絵を始める。
大学時代、絵画実習の時間から油絵大作を描き始める。
退職後、京展や独立展にも出品。
* 京都市在住 京都工芸繊維大卒
*1 YBU(善き牧舎の運動本部)=心のともしび運動としてラジオやTVでも有名。
1952年にハヤット神父がアメリカ合衆国のメリノール宣教会より来日して創始。
1954年に来日してYBUやノートルダム女子大(京都)で英語教育の指導に携わ
ったオダナヒュー神父(P.F.O'Donoghue)に出会えたことは、私の人生に終生
大きな影響を与えられた。
パトリック・F・オダナヒュー神父は大らかな人柄と、綺麗な発音・発声で女子大
生やシスター方にも人気が高かったようだが、指導には厳しく熱心であった。
私がYBUを修了してすぐに東京に移られ、メリノール宣教会日本管区長として
世界を飛び廻って活躍された。また研究者として筑波大学で比較宗教学の
講義もしていた。
晩年、お会いしたときに「白井晟一」のことを話したら、私の研究好きを一番
喜んで頂いたのもFather O'Donoghueであった。